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椿荘日記

椿荘日記

「THE PEST HOUSE」

マリの住んでいた家の、ハイ・ストリートを超えた向かい(といっても40メーター以上離れていますが)の古いお屋敷(17世紀に建てられたそうです)は、大きな門扉をいつも乗馬や、馬を乗せたトレーラーを曳く古いベンツのワゴンが出入りする、古い家系のご一家が住んでいました。

ある小雪のちらつく寒い日(二月だったと思います)など、門扉を広くあけ、赤や紺のフォーマルなライデイングジャケットに身を包んだ大勢の紳士方やご婦人方が、シェリーグラスを高々と上げての乾杯の後、馬に乗って沢山の猟犬(ポインター、セッター、レトリバー)達を先頭に、角笛を吹き鳴らして賑やかに狐狩に行く姿を見たこともあります。
このお家を村の住人達は「ペストハウス」と呼んでいました。

このネガテイヴで不吉なネーミングにマリたちは訝り、親切なネイバーである、元海軍の設計技師だったT氏に訳を聞いたところ、やはり17世紀、ペストが蔓延したロンドンを逃れアイビス川~テムズ川の支流~を越えて(ペストは、川を越えると逃れられると昔から言われています~鼠が媒介するからでしょうか?)来た彼の一族の祖先がこの地に建てたそうで、何時、誰がそう呼び始めたかは判らないとのことでした。

ある年の四月、ガラデイ(メイデイに各地域で行われるお祭り)にドローイングやペインテイングなどのアートコンペテイションがあるとのインフォメーションが村のお知らせに載りました。村の近辺を題材にするなら、方法は問わないということで、マリも早速応募すべく、モデルをお向かいの「ペストハウス」に決めて、コラージュで製作を開始、三日間で完成させ村で唯一のグローサリーショップ件ポストオフィスである「ヴイレッジショップ」に届けました。

ガラデイ当日は、グリーン(マリの家の前にあります。その向うがハイストリートです)での子供向きの人形芝居(ミスター・パンチ。日本の桃太郎といったところです)やゲーム、スコテイッシュダンスなどの出し物や、タウンホールでの手工芸やアートコンペテイションの応募作品などの展示があり、華やかな、初夏の幕開けとなりました(そう、コンペの結果は、応募作品はマリともう一人の年配の紳士の二点だけでしたので~とても素敵な水彩画でした~二人で仲良く賞品を分け合いました~笑)。

ガラデイも終わり、村が静けさを取り戻したある土曜の午後、玄関の呼び鈴が鳴り、誰何すると向かいの「ペストハウス」の「住人」だと告げるのです。
訪問の理由に思い当たるフシの無いマリは、吃驚して夫を呼び、扉を開けました。
扉に手をかけ、ニコニコと突然の訪問を詫びるその顔は紛れも無く、日頃遠く窓越しに眺めていた当主の顔です。いつもの聊か古びた厩舎用の作業服とは違い、白の麻のジャケット&トラウザース、葉巻をくゆらせ、少し宙に浮かせた右手の人差し指には大粒のダイアモンドが光っていました。

彼の曰く「ガラデイで貴方の作品を見ました。モデルは我が家で、しかも良く出来ているので、一言お礼を申し上げたく、伺いました。」
それから、玄関で五分ほどの間、この村の住み心地は如何とか、自分はここからそう遠くない場所に厩舎を持っていて、毎日馬の世話で大変であるなどと、身振りにジョークを交えて話していました。
英語のまだあまり得意ではなかったマリは、ジョークが出る度笑い合う、当主と夫の顔を交互に眺めて、たまに理解できるセンテンスに薄っすら笑う程度でしたが、この典型的(typical)な地方の英国紳士の発するジョークが、これもまた典型的なイギリスジョークであることだけは身振り、表情などからも察知し、例の「ペストハウス」とは、この目の前の、金髪で、見るからに品の良い中年紳士の先祖が自ら呼んだ名だと確信したのでした


*「ミスター・パンチ」
イギリスの子供なら誰でも知っている、昔話の主人公なのですか、かなりブラックな笑いが中心です。

ミスターパンチ




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